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asicro column

更新日:2007.2.5

電影つれづれ草
台北で体験したユニークな映画館

 7月末、台湾に1週間ほど滞在することになった。7月上旬から、珍しいことに、台湾映画が何本も続けて公開されるという情報を得たので、今回は台湾映画三昧の旅になるかなと期待して、事前にネットで作品解説から映画館情報、上映時間までチェックして、準備万端整えていった。

 台北で映画を観たことのある方はご存知だろうが、ふだんシネコンで上映されているのはほとんどハリウッド映画ばかりで、台湾映画を見るチャンスはあまりない。香港映画も、よほどの話題作以外は上映されていないようだ。

 ところが、台北に到着して数日後、観光客向けにDFSに備え付けてあるパソコンの端末で、上映情報を検索してみると、観たかった次の作品は、とっくに上映が終わっていた。

●『月光下,我記得』(04年)
監督:林正盛、原作:李昂
出演:楊貴媚、施易男、林家宇
●『悪月』(05年)監督: 尹祺、盧金城
出演: 林立洋、柯淑勤 、尹昭徳
●『愛與勇気』(05年)監督:王毓雅
出演:蕭淑慎、侯湘[女亭]、安鈞[王粲]
●『狼』(05年) 製作:朱延平、監督:林合隆
出演:林志穎、許紹洋

 けれども、よくよく調べたら既にロードショウは終わっていたものの、台北市内の一箇所でだけ『狼』が上映されていることがわかり、早速タクシーを飛ばして観に出かけることにした。

 到着した映画館は、繁華街から離れたまさしく二番館、三番館という雰囲気のところ。古い建物だがシネコンになっていて、何本も映画がかかっている。目的の映画の上映場所をまちがってはいけないと思い、スタッフとおぼしき気のよさそうな女性に確認すると、ちょっと怪訝そうな顔をして「都可以看!」(どれでも見られますよ)と言う。少なくとも、そのように聞こえた。

 中国語の聞き取りにはあまり自信のない私、彼女が何をいわんとしているのかわからないまま、とりあえず着席する。やがて、ちゃんと『狼』のクレジットが出てきたので、やれやれ、まちがっていなかったとほっとする。最初から着席していた観客はとても少なかったが、始まってまもなく、何人かが騒々しく入ってくる。かと思うと、一方ではすぐに出て行く人もあり、がたがたしていて、なかなか映画に集中できない。

 最初ざわつくのはどこの映画館でもありがちなので、少し我慢していると、不思議なことに映画の途中でも頻繁に人が出て行ったり、入ってきたりするではないか…。そのとき、やっと気づいたのは、一枚の切符でこのシネコンでかかっている映画はどれでも見放題らしいということ。客は今見ている映画がつまらないと見なすや、別の映画を観に途中で抜け出していたのだ。

 このときほど、カルチャー・ショックを感じたことはなかった。お客さんたちは、茶の間でテレビのチャンネルを変えるように、実にくったくなくいろんな映画をつまみ食いしていたというわけ。

 台北で最先端のシネコンであるワーナー・ヴィレッジでは、絶対にそのようなことはありえないから、この映画館独自のシステムなのだろうか。そして、そこまでサービスしないと、一般のお客さんはなかなか古びた映画館にまで足を運んでくれないのかもしれない。

 あまりにユニークなシステムのおかげで、肝心の『狼』についてお話するのが後手に回ってしまった。久々の朱延平とジミー・リン(林志穎)のコンビに、テレビドラマ『ラベンダー』の人気者アンブローズ・シュー(許紹洋)という顔合わせ。今回のジミーは無精ひげでやつれた面持ちの、つらい過去を持つ凄腕の殺し屋という渋い役どころだ。それを追うエリート刑事がアンブローズというアクション娯楽映画。台湾映画初のデジタル・シネマだそうである。

 最先端のビル群を背景にした大都会・台北が主な物語の舞台だが、坂本九の『上を向いて歩こう』が重要なモチーフに使われていたり、追うものと追われるものの間にはメロドラマ的な関係があったりと、なかなかにレトロなテイストもある。香港アクション映画を意識し過ぎなのも、朱延平らしいといえるだろうか。

 映画が終わって帰ろうとすると、さきほどの係の女性が「あら、もう帰るの? この切符で一日見られるのに。一度出るなら、スタンプを押してあげるから、再入場できるわよ」と実に親切に説明してくれた。これから、日没を見に淡水まで行くので、時間がないのだと答えると「そう、残念ねえ」と気の毒そうな顔をする。

 このシステムが平日だけのものなのか、ほかの映画館でも同じようなサービスがあるのかなど、いろいろ聞きたいこともあったのだが、こちらも先を急ぐので、話もそこそこに映画館を後にしなければならなかったのが悔やまれる。こういうシステムは台湾では一般的なのかどうか、事情通の方がいたら、ぜひ教えていただきたいものだ。

(2005年8月22日)

text by イェン●プロフィール
大学で西洋の映画の講義などをするが、近頃では、東アジア映画(日本映画も含む)しか受け付けないような体質(?)になり、困っている。韓流にはハマっていない、と言いつつドラマ『大長今』(チャングムの誓い)に熱中。中国ドラマ『射[周鳥]英雄傳』も毎回楽しみで、目下ドラマ漬けの日々。

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●筆者関連本情報:
『男たちの絆、アジア映画
 ホモソーシャルな欲望』
(四方田犬彦・斎藤綾子共編)
 4月刊行 平凡社/2525円

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