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ASICRO FOCUS file no.151

ミン ウォン:ライフ オブ イミテーション

原美術館

ネオ・チョンテク(デザイン:ミン・ウォン)「Life of Imitation」
カンヴァスにアクリル2009年

 シンガポールの新進気鋭アーティスト、ミン・ウォンの、映画をモチーフにした日本初個展が開催されているというので、7月の大型台風一過の午後、品川にある原美術館へ行ってまいりました。

 JR品川駅の高輪口を出て、大通り沿いにひたすら左へ直進。やがて道が大きくカーブして坂道となり、その坂をあがっていくと右手に小さな交番が見えてきます。その交番の向い側にある脇道を入った住宅街の一角にあるのが原美術館。個人の邸宅に作られた私設美術館で、現代美術を中心に紹介。館内や庭に常設の展示物もあり、特に3階にあるジャン=ピエール・レイノー作の白いタイル張りの小部屋「ゼロの空間」(81年)は有名です。原美術館では2009年からアジア作家の紹介にも力を入れており、今年はシンガポールのミン・ウォンの個展が紹介されることになったのでした。


原美術館

原美術館/Hara Museum of Comtemporary Art
 シンガポールといえば、最近ではアジアの人気観光地としても注目されていますが、マレーシアと同じく、マレー系、中華系、インド系の3つの民族が共存している多民族国家。それぞれが混じりあうことはなく、独自の文化圏を守りながら共存しているのが特徴です。ところが、シンガポール映画が黄金期を迎えていた1950〜60年代の作品では、これらの民族が1つにまとまっていたとのこと。1971年生まれのミン・ウォンはこれらの映画作品や民族の歴史に触発され、シンガポール人としてのルーツや文化の混交に焦点をあてた今回のビデオ・インスタレーションを制作しています。

ミン・ウォン

演技も得意なミン・ウォン
 と、うんちくはこのくらいにして、早速、展示室へ。最初の小部屋にあるのは、シンガポールの映画コレクター、ウォン・ハンミン氏による往年の映画グッズの数々。チケットや新聞広告、ちらし、ポスターなどが多数展示されています。中にはシンガポールで上映された日本映画もあり。また、シャーマン・オンによる3本の短編ドキュメンタリービデオも上映。ウォン・ハンミンや、シンガポール最後の映画看板絵師と言われるネオ・チョンテクとのインタビューが紹介されています。そして部屋の中で一際目を引いたのは、そのネオ・チョンテクによる「ライフ・オブ・イミテーション」の大きな看板絵でした。

 続いては、お隣にあるCINEMA 1へ。シネコンを模した展示室の暗幕から中へ入ると、左右に2つずつ計4つのスクリーンで映像が流れています。「フォー・マレー・ストーリーズ」と題するこの作品は、マレー映画の父と呼ばれているP. ラムリーの4つの作品『Labu and Labi』(62)『My Mother-in-Law』(62)『Doctor Rushdi』(71)『Semerah Padi』(56) の中のいくつかのシーンを、かつて演劇もやっていたミン・ウォンが自ら16人のキャラクターを演じ分けるというもの。


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ミン・ウォン「Four Malay Stories」
ビデオ・オーディオ・インスタレーション 2005年

 オリジナルを知らないので比較はできないのですが、どの演技も(おそらく)オリジナルに肉迫した迫真の演技。簡単な装飾で演じる姿はコントのようでもありユーモラス。ずっと観ていると引き込まれます。同じシーンが何度か繰り返されるため、なかなか次のシーンへ進まず、最初は戸惑いますが、よく見るとセリフの言い方や演技が微妙に違う。これは、同じシーンを何テイクも演じているから。よって、4作品を通しで観るのは難しいのですが、全25分でループされているので、余裕のある方は椅子に座ってじっくり観るのがおすすめです。

 1階の展示室の廊下には、ミン・ウォンが撮りためたシンガポールとマレーシアの映画館のインスタント写真が飾られています。小さな写真ですが、現地に滞在したことのある方には懐かしい建物が発見できるかもしれません。

 2階の展示室へあがる階段の途中には、再びネオ・チョンテクによる「イン・ラブ・フォー・ザ・ムード」と「イミテーション・オブ・ライフ」の迫力ある看板絵が。「イン・ラブ・フォー・ザ・ムード」はウォン・カーウァイの『花様年華/In The Mood For Love』をモチーフにした作品。タイトルが逆さになっていますが、看板にある中国語タイトルも『華様年花』になっていました(笑)。

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ミン・ウォン「In Love For The Mood」
ビデオ・オーディオ・インスタレーション 2009年

 そして CINEMA 2 では、その「イン・ラブ・フォー・ザ・ムード」を上映。部屋の中には3つのモニターが並んでおり、ごくわずかに時間をズラした同じシーンが、それぞれ中国語、英語、イタリア語の字幕付で流れています。演じているのは、『花様年華』でマギー・チャン扮するミセス・ソーが、トニー・レオン扮するミスター・チョウを相手に、夫の浮気を問いつめる練習をしているところ。本作では一人の白人女優が、一人二役で両方の役柄を演じています。セリフは広東語。ここでも同じシーンが何テイクか繰り返され、女優が難しい広東語のセリフをなんとかうまく話せるまで、失敗したり笑ったりする姿を垣間見ることができます。4分でループ上映されているこの作品、わずかにズレていた時間が最後はぴたっと合うように計算されており、お見事です。

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ミン・ウォン「Life of Imitation」ビデオ・オーディオ・インスタレーション 2009年
 最後にたどり着くのがCINEMA 3。ここでは展示タイトルにもなっている「ライフ・オブ・イミテーション」を左右の壁面上で上映。スクリーンの横に設置された大きな鏡に対面の映像が映るので、両方の画面を一度に観ることができます。元となっている作品はダグラス・サークのハリウッド映画『イミテーション・オブ・ライフ(邦題:悲しみは空の彼方に)』(59)。ここでもタイトルが逆さになっています。

 演じているのは黒人の母親と混血の娘サラジェーンのやりとり。これを、中華系、マレー系、インド系の3人の男性俳優が演じています。最初、2つの映像の違いは言語だと思っていたのですが、じっくり比較しながら観ていると、なんとカットごとにキャラクターを演じる人が入れ替わっているではありませんか。じっと観ていると、次第に誰が誰だかわからなくなり混乱してきます。そして鏡には、2つの映像の間で混乱する自分の姿も。これぞ、アイデンティティのミクスチュア。面白い。

image cake
 展示を楽しんだ後は、1階にあるカフェ・ダールで庭を眺めながら一息いれるのもおすすめ。展示にちなんだイメージ・ケーキが用意されており、今回は4つのマレー映画の1シーンをイメージしたケーキが作られていました。この他、常設作品があちこちの小部屋に隠れているので、ぜひあちこち覗いて探してみてください。「ミン ウォン:ライフ オブ イミテーション」は8月28日までの開催です。

(text by アジコ/取材協力:原美術館)


更新日:2011.8.18
●back numbers
ミン ウォン:
ライフ オブ イミテーション

原美術館

●開催期間:6/25-8/28
●場所:原美術館(北品川)
●開館時間:11:00-17:00
*水曜日は20時まで開館
*入場は閉館30分前まで
*月曜休館
●入館料:一般1000円/
大高生700円/小中生500円
●交通:JR品川駅より徒歩15分
ミン・ウォン プロフィール
Ming Wong

1971年、シンガポール生まれ。演劇に関わった後、95年にナンヤン美術アカデミーを卒業(中国美術)。その後、ロンドンに留学し、99年にユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンのスレード・スクール・オブ・ファインアートを卒業(美術・メディア)。08年、ベルリンのクンストハウス・ベタニエンにて1年間の滞在制作を行う。

ヨーロッパ、北米、アジアなどの主要な美術館、美術フェスティバルなどで個展、グループ展多数。シンガポールビエンナーレ2011にも出展。第53回ヴェネチアビエンナーレ(09 年)で審査員特別表彰を受賞。現在、シンガポールおよびベルリンに在住。

ミン・ウォン公式サイト
*アーカイブで展示作品の一部がご覧になれます。
4つのマレー映画のオリジナルが観たい
アジア映画の大家・松岡環さんのブログ「アジア映画巡礼」でもミン・ウォン展を紹介。その中でユーチューブにアップロードされているオリジナル映像へのリンクがあります。興味のある方はぜひこちらへ!